沿革

昭和15年1月12日
東京府立第14中学校の設置認可される。
赤坂区青山北町5丁目(東京府青山師範学校跡)
仮事務所:東京府立第5中学校
昭和15年1月23日
東京府立第5中学校教諭 丸山正雄初代校長に補される。
昭和15年4月6日
教員12名、生徒254名により開校。
昭和16年2月4日
校地が現在位置に決定される。
昭和16年4月1日
東京府立石神井中学校と改称する。
昭和17年5月30日
校舎建築第1期工事完了し、引続き第2期工事に着手する。
昭和17年6月8日
現在地の新校舎に移転する。
昭和18年7月1日
東京都立石神井中学校と改称する。(都制施行のため)
昭和18年7月16日
校舎建築第2期工事完成する。
昭和18年10月18日
校長丸山正雄東京都立第10中学校長に転補され、本校教諭 吉木利光第2代校長に補される。
昭和18年11月11日
この日を本校開校記念日と定める。
昭和19年12月3日
焼夷弾により体育館焼失する。
昭和21年3月30日
校長吉木利光東京第7中学校長に転補され、東京都立第2中学校教諭 佐野久第3代校長に補される。
昭和22年4月1日
新学制の実施にともない併設中学校が設置され、在学中の2、3学年生徒は本校併設中学校生徒となる。
昭和22年4月9日
校長佐野久北多摩郡府中町立府中中学校長に転補され、東京都立九段中学校教諭 戸嶋俊三第4代校長に補される。
昭和23年4月1日
新学制の実施により東京都立石神井新制高等学校となる。
昭和23年5月1日
定時制課程設置される。
昭和23年6月7日
定時制課程生徒41名第1回入学式を実施する。
昭和24年4月1日
父母と教師の会発足する。
昭和24年11月12日
創立10周年記念式典を挙行する。
昭和25年1月26日
東京都立石神井高等学校と改称する。
昭和25年4月1日
男女共学を実施する。
昭和25年7月11日
失業対策事業により校地の整地作業に着手する。
昭和25年10月3日
生徒会発足する(校友会と自治会を一本化)。
昭和25年12月15日
上記整地作業完了する。
昭和27年8月20日
体育館兼講堂起工式。
昭和28年1月28日
体育館兼講堂落成式を挙行する。
昭和28年2月28日
第2回校地整地工事および排水工事完了する。
昭和29年10月30日
創立15周年記念式典を挙行する。
昭和30年3月6日
校誌「石神井」創刊。
昭和30年9月3日
校長戸嶋俊三定年のため退職する。東京都立一橋高等学校長 松木茂第5代校長に補される。
昭和31年5月19日
新校歌発表会をおこなう。
昭和34年3月15日
校旗を制定する。
昭和34年11月11日
創立20周年記念式典を挙行する。
昭和35年3月31日
校長松木茂定年のため退職する。
昭和35年4月1日
東京都北区立赤羽中学校長 畑山博第6代校長に補される。
昭和35年9月1日
プール完成を祝い、修祓する。
昭和36年2月11日
25周年記念事業後援会発足する。
昭和36年7月21日
白馬村の山荘落成式を挙行する。“東京都立石神井高等学校黒菱山荘”の名称、正式に決定される。
昭和37年6月8日
校舎増改築起工式。
昭和38年2月7日
早暁、中央館全焼。
昭和38年3月6日
第1期工事竣工(A棟)、学校に引き渡される。
昭和38年9月1日
校舎増改築第2期工事起工式。
昭和39年3月31日
第2期工事竣工(C棟)。3階建て校舎の上に小講堂(4階、後援会費で)。
昭和39年6月15日
校舎増改築第3期工事着工。
昭和39年8月24日
小講堂寄付、東京都受領。
昭和40年3月31日
第3期工事竣工(B棟)。
昭和40年8月1日
校舎増改築第4期工事着工。
昭和40年11月11日
創立25周年記念式典を挙行する。
昭和41年3月18日
第4期工事竣工(B棟)。
昭和41年7月12日
校舎増改築第5期工事着工。
昭和42年3月31日
第5期工事竣工(A棟)。
昭和42年4月1日
群制度による第一回生入学。
昭和43年11月14日
校舎増改築第6期工事着工。
昭和44年3月31日
第6期工事竣工(B棟)。校長畑山博定年のため退職する。
昭和44年4月1日
東京都立豊多摩高等学校教頭 鈴木正三郎第7代校長に補される。
昭和46年8月14日
被服・社会・物理教室および各準備宰の防音空調工事着工。
昭和46年10月2日
体育館改築・同付属室・食堂・保健室・用務員室・警備員室・普通教室1の新築関係工事着工。
昭和46年11月1日
被服室等の工事竣工。
昭和47年3月31日
体育館改築・食堂・保健室等の新築工事竣工。
昭和47年6月22日
体育館びらき。
昭和47年9月6日
グラウンド改修、南境界フェンス等工事着工。
昭和47年12月25日
同上工事竣工。
昭和48年7月20日
西門改修、テニスコート北境界、西門より境界フェンス等工事着工。
昭和48年9月2日
同上工事竣工。
昭和49年3月31日
野球場バックネット工事完了。
昭和49年6月4日
校庭緑化植樹(~11月)。
昭和49年8月31日
野球場フェンス増設工事完了。
昭和50年3月31日
校長鈴木正三郎定年のため退職する。
昭和50年4月1日
東京都立北高等学校長 大野倭一第8代校長に補される。
昭和53年3月31日
校長大野倭一定年のため退職する。
昭和53年4月1日
東京都立野津田高等学校長 山崎秀夫第9代校長に補される。
昭和55年3月25日
トレーニングルーム建築工事着工。
昭和55年9月27日
同上工事竣工。
昭和57年4月1日
校長山崎秀夫東京都立青山高等学校長に転補され、東京都立昭和高等学校長 望月照和第10代校長に補される。
昭和59年11月5日
校舎改修工事完了(普通教室28、サッシュ交換、校舎外壁塗装等)。
昭和61年6月8日
東京都立石神井高等学校黒菱山荘の運営を同窓会に移管。
昭和62年3月31日
校長望月照和定年のため退職する。
昭和62年4月1日
東京都立大泉北高等学校長 川島誠一第11代校長に補される。
昭和63年4月9日
都教委の就学計画に基づき、本年度入学生に限り、1学級の臨時学級増となる。
平成2年3月31日
校長川島誠一定年のため退職する。
平成2年4月1日
東京都立教育研究所科学研究部長 滝澤利夫第12代校長に補される。
平成2年7月3日
グラウンドの遺跡調査始まる(川北遺跡と命名)。
平成2年11月3日
体育施設工事着工。
平成3年6月26日
小講堂をパソコン、LL教室に改造することと決定。
平成4年3月31日
体育施設工事竣工。旧トレーニングルームを多目的教室と改称。
平成4年5月2日
グラウンド改修工事完成し、使用開始。
平成4年11月7日
創立50周年及び体育施設落成記念式典。
平成5年4月1日
校長滝澤利夫東京都立小山台高等学校長に転補され、東京都立千歳高等学校長斎藤範里第13代校長に補される。
平成5年5月7日
正門前道路拡幅に伴うC棟非常階段つけ替え、自転車置場移設。
平成5年11月6日
正門前道路の拡幅工事と門および塀の改築工事。樹木移植。
平成6年4月11日
単独選抜による新入生入学。新教育課程実施、家庭科の男女共通履修始まる。
平成7年1月26日
推薦入学制度始まる。
平成7年3月31日
校長斎藤範里定年のため退職する。
平成7年4月1日
東京都立富士森高等学校教頭 栃本忠良第14代校長に補される。
中学生の減少に伴う都教委の就学計画により、1学年7学級(1学級減)となる。
平成10年3月31日
校長栃本忠良定年のため退職する。
平成10年4月1日
教育庁指導部主任指導主事 外地武嗣第15代校長に補される。
平成10年11月17日
C棟校舎トイレ及び廊下等改修・塗装工事完了。
平成11年12月9日
体育館床補強、塗装工事完了。
平成12年6月24日
創立60周年記念講演会(同窓会主催)。
平成13年4月1日
校長外池武嗣東京都立三鷹高等学校長に転補され、東京都立上野高等学校副校長小林和夫第16代校長に補される。
平成17年4月1日
校長小林和男東京都立八潮高等学校長に転補され、東京都立北園高等学校校長福本雄吉第17代校長に補される。
平成17年5月
仮設校舎建設始。
平成17年8月
仮設校舎完成。旧校舎より引越。
平成17年9月1日
仮設校舎での学校生活始。旧校舎解体工事始。 
平成17年17月12日
旧校舎解体工事完了。 
平成18年4月1日
新校舎建設工事着工。 
平成19年4月10日
体育棟改修工事着工。 
平成19年12月2日
新校舎落成披露・記念祝賀会開催。
平成21年3月31日
校長福本雄吉定年のため退職する。
平成21年4月 1日
東京都立浅草高等学校校長小池幸彦第18代校長に補される。
平成21年11月24日
東京都教育委員会より平成22年度重点支援校に指定される。 
平成23年 4月1日
校長小池幸彦東京都立足立西高等学校長に転補され、東京都立練馬工業高等学校校竹内秀一第19代校長に補される。 
平成26年3月31日
校長竹内秀一定年のため退職する。
平成26年4月 1日
東京都立府中西高等学校副校長川嶋直司第20代校長に補される。
平成28年3月31日
校長川嶋直司定年のため退職する。
平成28年4月 1日
東京都立鷺宮高等学校副校長武田一郎第21代校長に補される。